1971年3月
東北大学医学部卒業
1975年3月
東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)
1975年4月
東北大学医学部助手(第二薬理学講座)
1975年9月~77年11月
西独エッセン大学助手(留学)
1981年4月
山梨医科大学助教授(薬理学講座)
1981年9月~82年3月
米国アラバマ大学客員准教授
1988年10月~89年7月
西独エッセン大学客員教授
1992年9月~10月
米国ミネソタ大学客員教授
1994年4月
弘前大学教授(医学部薬理学講座)
2008年4月
弘前大学大学院教授(医学研究科病態薬理学講座)
2012年3月
弘前大学定年退職 弘前大学名誉教授
2012年4月/7月
医療法人誠仁会 常務理事/理事長;現在に至る。

 当院は、昭和11年(1936年)に尾野酉三郎によって旧青森県西津軽郡木造町若竹5番地に開院されました。民間病院でありながら、旧木造町(現つがる市)を中心とした西北地域の医療に多大な貢献をしてきました。本年で創立77年になります。昭和27年5月には医療法人化されました。その後、紆余曲折を経て、平成20年に特定医療法人誠仁会尾野病院となりました。その間平成5年には西北地区最初の介護老人保健施設「えんじゅの里」を併設し、本年で設立20年となります。平成14年には認知症専門のグループホーム「わかたけ」を開設しました。

 この尾野病院の長い歴史の中で、特筆すべきことは、民間病院にも拘らず、酉三郎の強い意思と指導力により、昭和27年に尾野病院附属准看護学院が創設され、44回(年)に亘り733名の卒業生すなわち准看護師を輩出したことです。中には五所川原市立高等看護学院に進学し正看護師となり、今尾野病院の屋台骨を背負っている方が多数おります。学院が存在したという教育的基盤が、現在の尾野病院を作り上げている原動力であると確信しております。

 そんな尾野病院も老朽化し、療養型病院を維持していくシステムも限界に近く、全てに亘り新生革新が求められています。平成18年に成立した医療制度改革関連法による療養型病床の廃止・転換に遭遇し、尾野病院は大きな岐路に立たされています。現在の病棟を改修して療養病床転換に対処しようとしましたが、介護療養型医療施設の廃止期限が平成29年度末まで延期されたことにより、改修による転換は一時棚上げし、新病院構想も念頭に入れて、今後を検討中です。

 現在、尾野病院では医療療養型病床43床と介護療養型病床222床の計265床を、常勤医6名が分担して入院療養病床での診療に携わっています。えんじゅの里の回診も担当してもらっています。ほぼ98~99%の入院入所率で推移しております。外来診療体制は、常勤医4名による一般内科外来のほかに、弘前大学医学部付属病院の整形外科、皮膚科、神経内科、循環器内科からの非常勤医師により主として専門外来を担当してもらい、病棟からのコンサルテーションにも応じてもらっています。働き易い環境をいかに創出するかは、看護師を始めとするコメディカルとの深い信頼関係に掛かっていると肝に銘じております。「尾野病院は無拘束で通している」が“誇り”になる医療・看護・介護を実践していく所存です。このところ入院待機の患者様が多く、ご期待に添えていないことをお詫び申し上げます。

 つがる西北五広域連合の医療再編の中で、「地域に根差した病院だから地域と密接に関わり合いたい」という職員の地域連携への強い意思を頼もしくも思う一方、どう生かすか大きな責任があります。現時点での尾野病院の将来構想としては、地域包括ケアの中で、在宅医療も視野に入れながらあくまでも療養型病院としてやっていく積りです。生まれ変わった尾野病院が職員一丸となって頑張っていく所存ですので、ご支援の程よろしくお願い申し上げます。