令和3年5月
尾野病院は新築移転しました。

令和2年7月6日
採用情報を更新しました。

令和2年3月12日
一般事業主行動計画を公表しました。

面会受付を開始しました。

1971年3月
東北大学医学部卒業
1975年3月
東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)
1975年4月
東北大学医学部助手(第二薬理学講座)
1975年9月~77年11月
西独エッセン大学助手(留学)
1981年4月
山梨医科大学助教授(薬理学講座)
1981年9月~82年3月
米国アラバマ大学客員准教授
1988年10月~89年7月
西独エッセン大学客員教授
1992年9月~10月
米国ミネソタ大学客員教授
1994年4月
弘前大学教授(医学部薬理学講座)
2008年4月
弘前大学大学院教授(医学研究科病態薬理学講座)
2012年3月
弘前大学定年退職 弘前大学名誉教授
2012年4月/7月
医療法人誠仁会 常務理事/理事長;現在に至る。

 医療法人誠仁会理事長の元村成です。理事長を仰せつかって8年になります。HPも頻繁に更新しないと時代遅れになってしまいますので、新型コロナウィルスCOVID-19禍のさなかですが完全に書き換えました。今、この理事長挨拶に目を通して下さっている奇特なあなた、尾野病院の現状を少しでも知りたいと思っている熱いアナタに、理事長挨拶を送ります。ここまでお読みになった方は、多分、これから尾野病院を受診しようか、入院どうしようかと迷っている方、入院しているご本人やそのご家族・お知り合い、ハタマタ、尾野病院で働きたいと考えておられる看護師・介護福祉士の方、そして医療・介護に興味をお持ちの方、等々だろうかと考えています。その対象の尾野病院とは、一体どんな病院なのだろうか、どんな人達が働いているのだろうか、等々、参考になれば幸いです。

 誠仁会尾野病院の理念は、「常に患者の心に寄り添い、真心と思いやり慈しみの精神で、地域医療の充実を目指す」です。少し精神主義的に過ぎる帰来がありますが、尾野病院がその時々に直面してきた課題を背負いこんだ理念ですので、新病院(今建て替え中です)でも引き継ぎ大事にしていこうと思います。この理念を具体化する際の課題が、「接遇」であり、「高齢者の医療」です。「接遇」は医療従事者全ての永遠の課題です。一方、「高齢者の医療」については概念が転換しつつあります。高齢者の医療といえば「できるだけ長く生きることを目指す医療」が大部分でしたが、慢性期の医療・介護が充実してくると、「安心して人生の最期を平穏に迎えられる医療」へと転換してきています。尾野病院は、信頼される慢性期医療の実践に続く、人生の最期(終末期)を平穏に見守る医療を展開してゆきます。

 尾野病院は、1936年昭和11年に、尾野酉三郎先生が、旧木造町(現つがる市)に開設して以来、民間病院でありながら、地域に根差した、地域にとって無くてはならない病院として、皆様と共に歩んで参りました。1952年昭和27年に医療法人誠仁会尾野病院となり,1955年昭和30年には、酉三郎先生念願の「尾野病院附属准看護学院」を設立し、2001年平成13年まで続き、あまたの看護師・准看護師を輩出し、現在の尾野病院の屋台骨となっております。1971年昭和46年に本館を新築し、1980年昭和55年には温泉病棟を新築して、総ベッド数も265床になりました。一方、1993年平成5年には介護老人保健施設(老健)「えんじゅの里」100床を西北五地域で最初に開設しました。

 その後、酉三郎先生のご逝去(1995年平成7年)など、紆余曲折がありましたが、2000年平成12年には、265床の療養型病床群となり、2001年平成13年には、医療の必要性に応じて、医療療養病床と介護療養型医療施設に分けられましたが結果は同じでした。それでも尾野病院では、医療療養病床43床と介護療養型病床222床に分かれながらも、老健「えんじゅの里」、GH「わかたけ」を含めて、全ての患者様・入所者様を、尾野病院の常勤医 弘前大学医学部附属病院各科(整形外科、リハビリテーション科、循環器内科、皮膚科、胸部心臓血管外科、泌尿器科)からの専門医、外部からの当直医も加わって、いつも誰かしら医師が常在する状況を保ち、24時間体制での見守りを実践しながら、急性期病院の受け皿としてのポストアキュート機能、近隣施設・在宅からの緊急受け入れとしてのサブアキュート機能を担い、西北五広域連合地域の慢性期医療・介護の担い手として、地域医療に貢献してきました。

 慢性期病床は、厚労省による度重なる病床削減の対象にされてきました。手を変え品を変えて続いてきたバッシングもそろそろ終盤となり、最終案として「介護医療院」に辿り着きました。介護医療院は施設であって、病院ではありません。医療が提供できる施設に当ります。尾野病院は、今“病院の一部を施設”へ転換しようとしています。青森県の「地域医療構想」で、ここ西北五地域の過剰な慢性期病床を2025年に必要数まで減少させるのに大きく貢献します。

 今、新しい尾野病院を建築中です。来年2021年3月末に竣工します。新病院では、旧医療療養病床43床と旧介護療養病床222床が、そのまま尾野病院・医療療養病床43床と介護医療院222床に横滑りした形となり、各病棟の内容は、現在と殆んどかわりません。現在の医療療養病床の殆どは、医療区分2・3の重症患者様です。日常的に、経鼻栄養、中心静脈栄養(CV)、インスリン注射管理、喀痰吸引、等々の慢性期医療が頻繁に行われています。一方、介護療養病床は平均年齢85.6歳、要介護度4.05の、殆ど離床できない患者様達です。新病院における病床転換は、そんな介護療養病床222床を全部「介護医療院」に転換してしまおうということです。新尾野病院は、医療療養病床43床と介護医療院222床が同じ建物に入っている形になります。高齢者医療についての概念「安心して人生の最期を平穏に迎えられる医療」を展開することに変わりありません。

 新しい尾野病院と介護医療院が、患者様・利用者様とご家族様にとって快適であるよう、職員一同、「接遇」に心掛け、優しく元気に頑張りたいと思っております。建物は新しく綺麗になります。効率的になるはずですが、旧尾野病院同様、CTもMRIも人工呼吸器もありません。あるのは誠心誠意の接遇と笑顔です。これまで同様、新尾野病院、介護医療院尾野病院を温かくご支援くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。